yuta_tea.masterの日記

金沢在住。ファッション業界と茶の湯に片足ずつ入れております。金沢歴活副代表としてのブログも。

金沢歴活美術史特講【伊藤若冲】

◼︎伊藤若冲(1716〜1800)

知識があればもっと美術館が楽しくなる、金沢歴活副代表の高橋(ジェントル)です。

今日は伊藤若冲についてお話します。

2016年の4月22日より東京都美術館にて生誕300年を祝い「若冲展」が開催されることもあり、今年は年明け早々若冲に注目が集まることが予想されます。

そういうわけで、我らが金沢歴活もいち早く昨年末に伊藤若冲をとりあげたのですがそのまとめを本ブログでも。
(↓その時の模様はこちら)
https://www.facebook.com/yuta.tkh/posts/741552865946533

伊藤若冲といえば高橋世代だと宇多田ヒカルさんのSAKURAドロップスのPVで使われていたことが記憶に残っていますし、ちょうど大学4年生くらい、2006年前後で1度“若冲ブーム”を経験しているので「あぁ、若冲か、懐かしいな」というのが正直なところです。

わざわざ若冲を観るためだけに名古屋まで高速バスで行ったなぁ。


それで、改めて若冲について語りますと京都・錦の青物問屋〈桝屋〉の4代目。
まぁ八百屋のオーナーってとこでしょうか。
関西人風にいうといわゆる“ええ氏のボンボン”で裕福な町人階級の跡取り長男として生をうけます。

はじめ狩野派に学ぶも不満を覚える。
狩野派とは狩野永徳に知られる一大画工集団ですが、この時代、絵を志すものはだいたい狩野派を学んでいます。(尾形光琳も)
相国寺の大典顕常に親しみ、その秘蔵の中国古画や明清画から多くを学ぶ。
40歳で次弟に家業を譲り隠居、本格的に絵師としての人生を歩みます。

今風にいうと40で早々と親から引き継いだ家業をリタイアしたということで、なかなかの一大決心。

リタイア後の若冲はいよいよ後世に残る作品を産み出していくのですがそれはまた次回♪

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